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原作と和訳の妙味('03.02.26)

最近でこそ「日本語吹替」がかなり多くなってきたのですが、
まあ昔は字幕で観る事が多いですしそれしかありませんでした。(ありえませんでした)

声優なんて職業はアニメが流行る前などは本当に裏方で
名前が出ることなどありえない状態。
(テレビ番組の最後の最後に番組の作成者の1人としてちょろっとかかれる程度です)

以前は「映画は役者の声・言葉を聞かないのはまがい物」並に思っていたのですが、
まあ芸能人が話題性オンリーで演ること以外はかなり精度も高いです。
(日本の声優の職業は職人芸と思いますよ。
もっとも海外にも声優の職業があるのか詳しく知りませんが)

話が声優よりになっているのですがそうではなく翻訳の話

海外の作品を観るときは英語など判らないので字幕を観るわけですよ。
映画館で外国の映画を見ていると、
「役者の意訳で分かったら」とたま思うときがあります。
字幕の訳し方が違えばそれだけでも結構印象が違ってくるので。
まあ言葉がありそれを訳せばそう大差は無いかなとか思うのですが、
見比べる時があると翻訳者によっての違いは出てくるようです。

例えば「マトリックス」で
主人公ネオが頭の中に「格闘技データ」を
何時間ぶっ続けでダウンロードするシーンがあるのですが、
そのときに拳法のデータを頭に移し終えたときに一言話します。

そのとき見ていた和訳だと「カンフー習得」なのですが、
キアヌ・リーブスのせりふだと「I know Kung Fu」といっています。

深く考えると「私は「拳法」を知ってる」、
意味的に断片的に知ったのではなく
「拳法」と言うそのものの世界をすべて知ってる。

つまり中国が4000年以上かけて培ったものを知った
言っているわけです。

たまたま格闘漫画とか好きだったので、
ある達人が拳法の真髄も言い含めるシーンがあったのを思い出し、
映画を見ながら「おお、何千年の秘儀をダウンロードで一気に習得したのか」と思いました。

「拳法を知っている」

なにかの哲学的なセリフみたいに考えると
それもまた楽しいところもあります。


似たようなものでもう一つ
「アンタッチャブル」で
終盤の有名なシーン中で「駅階段のシーン」があります。
エリオット・ネス(ケビンコスナー)率いるチームがアル・カポネを取り締まるため、
証人を捕まえるため駅で待ち伏せているシーンで、
カポネの手下が証人を人質に取り、エリオットネス達の二人で
制圧するシーン。(「裸の銃を持つ男」シリーズでもネタになっていたりと有名?)

行き詰まるシーンの中で
カポネ手下に狙いを定めた仲間の「ストーン(アンディ・ガルシア)」に対し
こう一言聞きます。

エリオット:「ストーン、狙いは?」
ストーン:「完璧です」
※テレビ日本語吹き替え時

後にビデオでまたアンタッチャブルを見たのですが
そのときは

ストーン:「まかせろ」

でした。
シーンごとの断片的に考えればたった一言のせりふなのですが、
いままでのストーリーの流れでエリオットとストーンの間柄・性格が
がらっと変わります。

「完璧です」バージョンだと、全体的に上下関係もありながらもエリオットを立てつつ、
信頼を積み上げて、そしていまこの場面で100の信頼を言葉でやり取りできる。

「まかせろ」バージョンだと全体的にストーンは上下関係とか余り気にせず、
ちょっとやんちゃな感じでしょうか?

決め台詞だったので気に入っていたので書いてみたのですが
元は一つのせりふでもこれだけ違いが出るわけです。
テレビで何気なく見ているときは何にも考えなかったのですが、
結構深く考えるとストーリーの妙味が味わえていいかなと思います。

細かい所で「ヤングガン」の
ビリー・ザ・キッドの台詞で
Are you famous?という有名なセリフがあるのですが、
「有名になりてえか?」と元は一つの作品でも、
見比べると「この翻訳の人はこう訳したんだな」とか、
個性など無い部分に個性の断片が出て、結構そういうところが面白かったりします。

1番判りやすい所はテレビで放映される所とビデオで販売されるものを比べる事でしょうか。
テレビの場合口語用にも合わせて尺を縮めるためかなりフランクになる事もあるかもしれませんので、
違いが出やすいかも。
(横道に逸れますが、そういう場合に広川太一郎とか出てくると、ただ単純に面白いのですが)
名作が後々再発売という形になってくると発売会社も違って訳者も違ってくるケースもあるでしょう。

まあ翻訳というフィルタをかける以上は、
それのやり方は個性ですので計算のように「1つの正解」という形はないのですが、
微妙な違いで楽しみ方も変わると結構面白いです。

(以下 '04.02.25追記)

例えば「マトリックス」のシーンで敵のビル屋上でネオがエージェントと対決するシーン
(絵的にも有名な避け方をすると事)があるが、そこのシーンは

「trinity help!」


と単純なものだ。

この時テレビの訳し方で見たのは「トリニティ、助けろ」と直訳うんぬんの訳し方だった。
この場合は普段の日常会話での和製英語「サポートして」とかそういう意味合いのはずなのに、
せめて「援護を!」とか言ってくれたほうが意味が通じやすかったような気がします。

今の日本語は英語と半々な状態なので全く完全な日本語訳をするよりも柔軟な訳し方のほうが映画としても雰囲気を損なわないと思う。(でも「和訳」じゃ無くなってしまうか)

フセインを捕まえたときのアメリカの会見の最初のコメントで
「We got(※) him」と答えているんですが、
字幕だと「我々はサダム・フセインを拘束することに成功しました」と長々と文字の根底の意味まで訳しているから、また会見のコメントと意味が微妙にずれている。
※(gat?かも、すみませんいまいちわかりませんでした)

この言葉の場合は「皆さん(我々は)やりました!」ぐらいの言葉を言っているはずなのにだ。

「日本の英語の勉強はあまり役に立たない」とかニュースで見たことはあっても、自分自身がどう変なのかもわからないので
判断のしようもない。
最近映画館でも吹き替え・字幕と両方同時に公開している。字幕よりも日本語吹き替えのほうが流す規模が大きめだ。これは「家族連れとかで子供も分かるから」といった経営的戦略もあるからだろうけど、変な吹き替えで覚えてしまうとそれ以降がいまいちストーリー的に意味が不思議な日本語として覚えてしまう。
映画などは何回も見る人などほとんどいないし限られている。最初の一回でその映画の評価や内容の覚え方が決まってしまう。

そう考えると結構ファーストコンタクトは結構重要な役割があるように考えられます。最近は少ないかもしれないが、中途半端な青年の役者に任せずにベテランの声の役者さんの演技を味わいたい物です。



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